権威主義者たちに告ぐ

日本政府や大企業のような「悪玉」がやることは全て悪意に解釈して陳腐な陰謀論を並べ立てる「リベラル」な方々は、総じて舶来品とあれば内実を問うこともなく礼賛するのがその常なのだが、今回そういう方々にうってつけの「鰯の頭」が登場した。

安全保障理事会決議 1754 | 国連広報センター

「錦の御旗」を得て「この印籠が目に入らぬか」と欣喜雀躍しているリベラルな諸氏には申し訳ないが、この文書は格好の試金石だと思う。自分の頭で考えて理詰めで判断できる人なのか、陳腐な善悪二元論的図式と「誰が言ったのか」だけで物事の質を判断してしまう権威主義者を見分けるための、だ。

裸の王様の衣装はただのコピペでしたとさ

そもそも、この文書の内容といえば、「リベラル」でありかつ科学知識に乏しい方が福島第一原発事故以降うんざりするほど繰り返してきた誤謬の集大成ではないか。全部が誤りとまでは言わないが、価値判断以前に前提となるべき事実認識において偏りが多すぎ、全くもって使えない文書となっている。

論より証拠、いくつかの下りを見てみよう。

政府が正確な情報を提供して、住民を汚染地域から避難させることが極めて重要です。しかし、残念ながらSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)による放射線量の情報および放射性プルームの動きが直ちに公表されることはありませんでした。

安全保障理事会決議 1754 | 国連広報センター

またしても「SPEEDI神話」である。この件で責められる人たちに同情を禁じ得ない。
この「SPEEDI神話」が計算機シミュレーションの何たるかを知らない人の間で跋扈するのは無理もないが、実のところSPEEDIの予測結果の中にはたまたま実測値に近い予測を与えたものもあるが、多くは現実と余りにも乖離してしまっていた。そんなものを公表すれば混乱を招くだけなのは明らかだったし、そもそもシミュレーション結果というものは何らかの形で信頼性を確かめないことには到底使えないものだ。
理由は、そもそもシミュレーションというのは情報が不足しているからこそ行われるものであるし、殊に今回のような大規模自然災害下では通常時にもまして情報が不足しているからだ。そして、不足した情報は全て推測で埋めるしかない。その推測が現実と合致しているかどうかは、シミュレーション結果と実測値を照合してみるなどして何らかの吟味を行わなければ判断しようがないのである。

学校で配布された副読本などの様々な政府刊行物において、年間100 mSv 以下の放射線被ばくが、がんに直接的につながるリスクであることを示す明確な証拠はない、と発表することで状況はさらに悪化したのです。

安全保障理事会決議 1754 | 国連広報センター

実際それは事実なのだから仕方があるまい。事実を伝えて怒られるとは国連はガリレオ裁判時代の法王庁よろしく異端審問の場か?

3 ヶ月間で放射線量が1.3 mSv に達する管理区域への一般市民の立ち入りは禁じられており、作業員は当該地域での飲食、睡眠も禁止されています。また、被ばく線量が年間2mSv を超える管理区域への妊婦の立ち入りも禁じられています。

安全保障理事会決議 1754 | 国連広報センター

一方、自然放射線量が10mSv/年のオーダーに達するブラジルのグアラパリは観光地であり、おそらく福島第一原発事故の風評被害を受けた最遠の地でもある。この風評被害をもたらしたものこそ、こういう科学音痴の「リベラル」たちなのである。
要は、法的規制値を科学的基準とごっちゃにする方がおかしいのである。とりわけ、放射線の基準値が低く抑えられることには政治的な、いわゆる「大人の事情」が介在することも想像に難くない。まさか法律家の方が科学者より多くを理解しているなどと言い張るつもりもなかろう?

また、多くの疫学研究において、年間100 mSv を下回る低線量放射線でもガンその他の疾患が発生する可能性がある、という指摘がなされています。研究によれば、疾患の発症に下限となる放射線基準値はないのです。

安全保障理事会決議 1754 | 国連広報センター

ただし定説ではない。定説ではない学説ということでよいのであれば、その正反対を説くホルミシス学説というものすらある。こういうと「予防原則」云々と言われるかもしれないが、福島県で災害関連死が非常に多いことを考えれば、ホルミシス学説に依拠して避難をできるだけ抑制する方が「予防原則」に適っていたとさえ言えるかもしれないのである。
いずれにせよ、「統計的検出限界以下」、即ち「少なすぎてあるかないのかわからない」被害に関する形而上学的議論にとらわれすぎることはそれ自体精神的に悪影響を及ぼすものでもあるし、合理的態度とはいえまい。

ここで思い出していただきたいのは、チェルノブイリ事故の際、強制移住の基準値は、土壌汚染レベルとは別に、年間5 mSv 以上であったという点です。

安全保障理事会決議 1754 | 国連広報センター

既に論破し尽くされた誤りである。

日本政府はすでに健康管理調査を実施しています。これはよいのですが、同調査の対象は、福島県民および災害発生時に福島県を訪れていた人々に限られています。そこで私は、日本政府に対して、健康調査を放射線汚染区域全体において実施することを要請いたします。

安全保障理事会決議 1754 | 国連広報センター

放射線汚染区域」の定義が全く不明だが、福島県のたとえば会津地方で健康管理調査をすること自体、はっきり言って過剰な対応であるように私には思えるのだが。医療被曝や自然放射線の地域差の範囲内に収まる被曝に過敏になって何の得があるのか私には理解できないが、まあいずれにしても「福島県内」というのは「大人の事情」も含めれば妥当な範囲なのではないか。

以上、目に付くところだけを指摘してみたが、あまりにもひどい。「国連」という権威だけでは決して信頼に足る証拠とならない何よりの証拠ではないか。

舶来礼賛の陳腐さ

まあ、この一文書だけをあげつらっても仕方ないのでそろそろ本題に戻ろう。

そもそも、「グローバル」大好きなネオリベ諸氏にせよ、国連や海外報道に平伏するリベラル諸氏にしても、どうして日本のことに関する情報や判断を外国人に頼るのか全くもって不思議である。「岡目八目」ということがないとは言えないが、「多勢に無勢」の方が普通は勝るだろう。このグローバー氏なるお人はおそらく日本語もできないし、自然科学の専門家でもなかろう。となれば、特定の人脈に頼って事実判断を頼るしかないし、そうすればその「人脈」の偏りから当然誤りも生じる。

実は私がこのことを思い知ったきっかけがまさに福島第一原発事故なのである。偉そうに「善悪二元論的図式」をここまで避難してきたが私も実は人のことを言えず、当初は「政府は嘘をつくかもしれないし、マスメディア、殊にNHKは隠蔽に荷担するかもしれない」と思い、CNNだのZDFだの、あるいはNYTだのLe Mondeだの、私が多少なりとも読めるあらゆる言語の定評の高い媒体をネットで読みあさっていたのだった。しかしどれもこれもおどろおどろしい終末論的なトンデモをここぞとばかりに煽り立てるノイズが余りにも大きく、全くと言っていいほど使えなかった。私の放射線に関する知識といえば高校の教科書レベルに毛が生えた程度でしかなかったのだが、それでも容易に誤りがいくらでも見つかった。
ほとんどの海外報道に比べれば日本のメディアははるかにマシだった。しかし民放は広瀬隆武田邦彦小出裕章飯田哲也のようなデマゴーグ*1を出演させたりなど、海外報道と五十歩百歩に思えた。そして最終的に良質の情報ソースとして残ったのは、NHK毎日新聞、そして不当にも「エア御用」と誹謗中傷されているボランティア研究者twitterだった。
つまるところ、結局「御用」だの「エア御用」だのの方がよほど事実を客観的かつ正確に伝えていたのである。
いかに情報の質については世評が当てにならぬか、ということでもあるが、逆に世評に頼って何を信じるかを頭から決めていれば簡単に洗脳されてしまうということでもあり得るのだ。「権力を監視」せんと志すのであればその程度のことは念頭に置いておいて頂きたいものだ。

*1:ちなみに武田邦彦小出裕章飯田哲也が悪質なのは、デマばかりでなく「本当のことも言う」ことだ。そしてそのノイズの中に、素人には判別が難しいような極論を巧妙に混ぜるから、当初はこの連中が言っていることがいい加減であることをなかなか見抜けなかった。