反「ハシズム」の差別はきれいな差別

どうもネット上では関西*1を見下す人が多いようで、大阪市の橋下市長をめぐってはとくにその差別意識が露骨にあらわれると思っていたのだが*2、到底それでは済まされない重大なことが起こっているようである。

日本維新の会代表の橋下徹大阪市長の出自を報じた週刊朝日に関し、大阪府八尾市教育委員会は24日までに、市立図書館で当該号の一部を閲覧できないようにすることを決めた。
八尾市教委によると、制限対象となるのは、週刊朝日10月26日号の橋下市長に関する掲載記事6ページ。23日午前の市教育政策会議で「掲載記事は、市内のある地域を被差別地域として特定する内容で、差別を助長する恐れがある」として、閲覧制限を決めた。(後略)

http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20121024-1036981.html

これに対して、「リベラル」な人たちがいったいどう反応しているのか。

b:id:vanacoral これはひどい, 政治, 大阪, 橋下徹ハシズム」のレッテルに自ら正当性を与えるバカタレ橋下@t_ishin #橋下イラネ 2012/10/24
b:id:nakakzs 政治, 橋下徹, 大阪 政治が図書館に介入する前例を作ると、それこそ図書館戦争じゃないけどあらゆる統制につながる危機。 2012/10/24
b:id:watapoco 何この独裁者国家wこれが2012 2012/10/25

はてなブックマーク - 大阪の市立図書館、週刊朝日を閲覧制限 - 社会ニュース : nikkansports.com

まず、「国語の成績が悪い」としか言いようがない。八尾市は大阪市の中心部からは10km以上離れた土地である。八尾市と大阪市をごっちゃにするのは、狛江市あたりと東京23区内をごっちゃにするような話だ。当然、八尾市立図書館に大阪市長である橋下氏の権力の及ぶはずもない。

こんな、「大阪」の何たるかが何もわかっていない人間が遠くから偉そうに大阪を批判するだけでも私は非常に不快なのだが*3、それ以上に頭が痛いのはその批判の内容だ。一体何周遅れで出尽くした議論を繰り返しているのか。
こういう批判をしている人たちが、在特会あたりが「通名の使用を許すのは『在日特権』だ!」とか言い出すと善人面して叩き出すのだから本当にお笑いぐさもいいところだというか。

いや、笑い事ではない。冗談抜きで反省して頂きたい。そういう認識で西日本に足を踏み入れられては、いつどこで他人の心を無自覚に踏み躙ることになるかわからないのだから。

過去に眼を閉ざす者は、未来に対してもやはり盲目となる

まず、余りにも基本的な史実から復習する*4

1975年11月、差別図書〈部落地名総鑑〉がダイレクトメールを使って販売されていることが明らかになりました。ダイレクトメールの内容は、採用において被差別部落出身者を排除することをそそのかすものとなっており、書籍の内容もその目的にしか使えないものでした。〈部落地名総鑑〉には、全国の部落の地名・所在地・戸数・主な職業などが記載され、1冊5000円から5万円程度で販売されていました。購入者の大半は企業であり、日本を代表する大企業も数多く含まれているが、購入動機は採用にあたって部落出身者を調べるためでした
1977年より、部落解放同盟は組織をあげて糾弾闘争に取り組みました。この事件の反省を契機に企業での部落問題や人権問題の啓発・研修が広く行なわれるようになりました。また、行政機関による採用差別を防ぐための啓発、地方自治体での身元調査を規制した条例の制定など差別撤廃にむけた取り組みが前進しました。

「部落地名総鑑」事件|部落解放同盟中央本部

これだけでも、八尾市が記事内容に敏感に反応したのは当然すぎるほど当然であることがわかるであろう。

他にも、免許証をはじめとする公文書から、本籍地の記載が「番地まで」→「都道府県名のみ」→「廃止」のようにどんどん縮小していったことなど、出身地が非常にデリケートな情報であることは、「意識の高い」諸氏なら当然気付いていて然るべき事である。
そして、出身地が原因となる差別と言えば何かというのは、社会常識に属することであり、知らなかったではすまされない話である。勤務先の組織で、接客業務や採用業務でこのあたりのことを誤れば組織自体の存続にも関わる問題である。その自覚がなかったとしたら度を超した脳天気である。

そんなまさか、というのであれば、たとえばこんな例を考えてみると良い。私がドイツ(あるいはポーランドイスラエルでもよい)を旅行していたとして、待ち合わせた人に英語で挨拶するつもりで "Hi!" と言いながら手を高く上げた、とすればどうか。はっきり言って「殴られても自業自得」と思うであろう。これはそれと同じ事なのである。

短期間の外国旅行ですら現地の最低限のタブーには気をつけるのだ。自分にとってもっと身近な土地のタブーぐらい知って頂きたい。

「ハシシタ」騒動は全く弁護の余地のない差別事件である

ついでに今回の「ハシシタ」騒動について、佐野眞一氏の連載は唾棄すべきヘイトスピーチであり、擁護する余地は全くないと述べておきたい。そもそも、橋下氏は実父の記憶が殆どないにもかかわらず、"DNA" を探ると称して実父のルーツを詮索することのどこに擁護できる余地があるのか。

そもそも、題名からして単に「人の名前をねじ曲げて下品」というような話ではないのである。

橋下の母によれば、「橋下家は同和部落出身ではない」ということになる[262]が、『週刊文春』(2011年11月3日号)によると「橋下の実父は、とある関西地方の山裾の寒村の被差別部落の出身」という。つまり橋下は被差別部落にルーツがある。
その寒村の橋下姓の老婆は「昔は“橋下(ハシシタ)”という家が六十軒ぐらいあった。大概の者は名前を“橋本”に変えて出て行ったと聞いている。ここらの人はみな教育熱心で、一生懸命勉強して就職差別やいろんな差別と闘ってきた。」[263]と述べている。

橋下徹 - Wikipedia

ユダヤ人特有の姓というのがあるように*5被差別部落特有の姓というのも存在する。そして「ハシシタ」というのはそれを暗示するものであり、橋下氏が現在「ハシモト」と名乗っているのはそれを意識したものだというのは想像に難くない話なのである。あなたたちのような部外者がそのことを知らなくても、大阪ではその限りではない。それをわざわざ表題に持ってくるなど、悪意はこの上なく明確である。

はっきり言って、今回の「ハシシタ」事件は「マルコポーロ」廃刊事件よりもずっと罪の重い問題である。書き手の悪意が明確であり、また日本語圏においてはホロコーストに関して間違ったことを書くよりも同和問題について間違ったことを書く方が、よほど直接的に多くの人を傷つけるからだ。週刊朝日が廃刊にならずに済んでいること自体、私には信じられない思いである。それだけ世の中が荒んだのだと暗澹たる思いになるし、差別言説に妙に宥和的なこの風潮こそが「在特会」の類を生み出した元兇だと私は確信するものである。

そのことに「リベラル」を自認する人たちが気付かないばかりか、むしろ助長しているというのはつくづくあきれかえった話だ。

あなたたちは堕ちるところまで堕ちたのだとしか言いようがない。心底軽蔑する。

*1:「関西」と「大阪」の区別が付いていないのがまた噴飯物なのだが。

*2:私は橋下氏を全く支持しないし、そもそも私は大阪ではなく兵庫県出身なのだが、石原氏を10年以上知事に選び続けている東京都民にだけは言われたくないと強く思う。

*3:兵庫県人のお前が大阪のことに腹を立てるのはおかしい、と言われるかもしれないが、たとえば「東京」と「関東」の区別が付かないような人間が東京批判をしていれば関東人なら誰しも腹を立てて当然だ。あるいは、「福島」と「東北」の区別が付かずに瓦礫受け入れを拒否している人間のクズどものことを考えてみればよい。

*4:なお、引用元は部落解放同盟のWebサイトである。また、強調部は筆者による。

*5:余談ながら、手塚治虫は「アドルフに告ぐ」で、ナチに染まっていく少年に不用意に「カウフマン」姓を与えてしまったが、"Kaufmann" は実はユダヤ人に多い名前である。